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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)3227号 判決

原告 国

訴訟代理人 堀内恒雄 外五名

補助参加人 都築定治

被告 加藤タカ 外五名

主文

被告加藤タカ、同加藤源太郎、同井口ナツ子、同吉野初儀はそれぞれ別表第一記載の土地について同表記載の各登記の抹消登記手続をすべし。

原告の被告加藤誠吾、同佐藤清一に対する請求はこれを棄却する。

訴訟費用中原告と被告加藤タカ、同加藤源太郎、同井口ナツ子、同吉野初儀との間に生じたもの及び参加によつて生じた訴訟費用は右被告等の負担とし、原告と被告加藤誠吾、同佐藤清一との間に生じたものは原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立

原告代理人は、

「(一) 被告等はそれぞれ別表第一記載の土地について同表記載の登記の抹消登記手続をすべし。

(二) 訴訟費用は被告等の負担とする。」

との判決を求め、

被告等代理人は、

「(一) 原告の請求はいずれもこれを棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決を求めた。

第二当事者双方の主張

一  原告代理人は、請求の原因として次のとおり陳述した。

(一)  別表第一記載の土地(以下本件土地という。)は昭和二二年三月当時番号六、七の土地は高橋正雄(以下正雄という。)の番号一七の土地は高橋文太郎(以下文太郎という。)の、その余はすべて高橋合名会社の各所有であつたが、その頃補助参加人都築定治(以下参加人という。)は右の者等から本件土地を買い受けてその所有権を取得し、別表第二記載のように昭和二二年三月五日、七日、八日付で同人のため売買を原因とする所有権取得登記を了した。

(二)  昭和二三年七月三日、原告は本件土地を参加人から代金二四〇、五九〇円で買い受けてその所有権を取得した。よつて参加人は原告に対して本件土地につき所有権移転登記手続をすべき義務があるが、本件土地のうち別表第一番号一ないし八の土地については被告加藤タカ名義による同表記載の抵当権設定登記、代物弁済の予約による所有権移転請求権保全の仮登記、賃借権設定請求権保全の仮登記(訴状には賃借権設定登記とあるが誤記と認める。)代物弁済を原因とする所有権取得登記、同表番号九ないし二〇の土地については被告加藤源太郎名義による右各登記、同表番号二二ないし二四の土地については被告井口ナツ子(旧姓加藤)名義による右各登記がなされており、さらにその一部の土地については別表第二記載のとおり右被告等から被告吉野初儀、同加藤源太郎が所有権を取得した旨の登記がなされている。しかしながら右各登記は次に述べるようにいずれもその実体関係を伴わない無効な登記であるから、右各被告等は参加人に対して右各登記を抹消すべき義務があるので、原告は参加人に対する本件土地の所有権移転登記請求権を保全するため参加人に代位して右被告等に対してその各抹消登記手続を求める。

(三)  本件土地(但し別表第一番号二一の土地を除く。本項においては以下同様。)について存在する被告加藤タカ、同加藤源太郎、同井口ナツ子、同吉野初儀各名義の前記登記は実体関係を伴わぬ無効な登記である。すなわち、昭和二六年当時参加人は訴外加藤源蔵(以下源蔵という。)に対し約金四二〇、〇〇〇円の農作物買受代金借用金等の債務を負担していたところから源蔵はその頃参加人に対し右債権の担保として本件土地を提供することを強硬に求めたが、参加人はすでに原告に売却済であることを告げて拒絶した。しかるに源蔵は昼夜を分たず請求を続け、怒号したり果ては参加人の家に土足で上り込んで本件土地の権利証の交付を要求したので、参加人は若し権利証を交付しなければどのような暴行を加えられるかも知れないことを恐れて止むなく抵当権などの登記をしないことを確約させたうえこれを源蔵に交付した。しかるに源蔵は約旨に反し右権利証と参加人が源蔵より金員を借用する際に公正証書作成のために交付していた白紙委任状(委任事項を記載していないもの)、印鑑証明書を利用して参加人不知の間に本件土地につき前述のような被告加藤タカ、同加藤源太郎、同井口ナツ子各名義の抵当権設定登記、賃借権設定請求権保全の仮登記、代物弁済の予約による所有権移転請求権保全の仮登記をさらに右登記にもとずく所有権移転の本登記をしたものであつて右登記はいずれも参加人の意思にもとずかないものであるのみでなく、その実体上の原因を欠いている。したがつて本件土地の一部について右被告等から所有権を取得した旨の被告吉野初儀、同加藤源太郎各名義の所有権取得登記も亦その実体を欠いているものであつて、いずれも無効である。

(四)  仮りに右の第一次的請求原因が認められないとしても次のような理由によつて別表第一記載の登記の抹消を求める。すなわち本件土地には別表第一記載の登記がなされているが右登記はいずれも参加人が昭和二二年三月に本件土地を正雄、文太郎、高橋合名会社から買い受けて有効にその所有権を取得したことを前提とするものであるところ、本件土地はその当時次に述べるように農地であつたのでその所有権の移転には旧農地調整法の規定により都道府県知事の許可又は市町村農地委員会の承認を受けなければこれを有効になし得なかつたのに、参加人が本件土地を買い受けるについては右許可又は承認を受けていないので右売買は無効である。よつて被告等は正雄、高橋合名会社、高橋幸子外五名の旧所有者に対して実体を伴わない別表第一記載の各登記を抹消する義務があるところ、一方原告はあらためて昭和二九年三月二八日、別表第一番号六、七の土地は正雄から、番号一七の土地は文太郎の相続人高橋幸子、同美津子、同文彦、同久美子、同玲子、同陽子(文太郎は昭和二三年一二月二二日に死亡し、右幸子外五名が相続により右土地の所有権を取得した)から(但し正雄を代理人として)、右以外の本件土地は高橋合名会社からそれぞれ無償で譲り受けて適法にその所有権を取得したから原告は右正雄等に対する所有権移転登記請求権を保全するため同人らに代位して被告等に対し右各登記の抹消登記手続を求める。

(五)  本件土地は、昭和一二年当時前記のとおり正雄、文太郎、高橋合名会社の所有であつたが、同年六月九日、原告はその隣接地と合わせて本件土地を含む合計三六八〇坪の土地を当時の東京高等師範学校附属小学校(以下付属小学校という。)の児童田園教場とする目的で賃料年額金一五九円四六銭毎年度末払、期間五年の約定により右付属小学校学友会名義で賃借したが、それ以来原告は本件土地を同校学童の自然教育のための農作物の栽培、観察の場として肥培管理を続け、これに必要な工作物(教場、農舎等)を設置して今日にいたつている。もつとも本件土地のうち別表第一番号一七の土地の登記簿上の地目は以前から宅地、番号一八ないし二〇の土地は山林となつておりまたその他の土地の地目は昭和二二年三月一〇日に正雄等から参加人に所有権移転登記がなされると同時に畑より宅地に変更されているが、その当時本件土地がいずれも現況農地であつたことには変りない。当時本件土地が農地台帳に記載されておらず、また自作農創設特別措置法(以下自創法という。)による買収の適否を判断するための一筆調査がなされていないこともその農地としての実体を左右するものではない。本件土地が現況農地であつたことは次の事実、すなわち昭和二三年三月三一日に所轄保谷町農地委員会が現況を調査の上本件土地を旧自創法第五条第一号に該当する土地として裁定した(農地委員のうちに本件土地を宅地であると主張する者は一人も居なかつた。)こと、昭和二八年三月一一日に保谷町農業委員会が同じく現況を調査の上本件土地が農地であることの証明書を原告に対して交付した(もつとも右農業委員会はその後被告等の嘆願により右証明を取り消す旨決議したが、右決議は現況と矛盾するので無効である。)こと、昭和二八年六月二七日に東京都経済部農地課が原告の申請により現地調査の上本件土地を耕作の目的に供しているものと認めるとの証明書を原告に交付したこと、参加人、被告等も原告が本件土地を農場として耕作していることを認めていたことなどの事実によつて明らかである。なお本件土地上には教室二棟、農夫舎一棟、農具舎一棟が存在するが、これらはいずれも田園教場のために欠くべからざるものであるから、これらの建物の敷地も農園と一体をなしているものと解すべきものである。以上の事実を綜合すれば、本件土地が昭和二二年三月当時において旧農地調整法にいう農地であつたことは明白である。

二  被告等代理人は、請求の原因に対する答弁及び被告等の主張として次のとおり陳述した。

(一)  請求原因(一)記載の事実は認める。同(二)記載の事実のうち本件土地につき原告主張のような登記がなされていることは認めるが、その余の事実は知らない。同(三)記載の事実のうち本件土地につき被告加藤タカ等の名義により原告主張のような登記がなされていることは認めるが、その余の事実は否認する。同(四)記載の事実のうち文太郎が昭和二二年一二月二二日に死亡して高橋幸子外五名が相続したこと、参加人が昭和二二年三月に本件土地を正雄、文太郎、高橋合名会社から買い受けたが、これについて都道府県知事の許可又は市町村農地委員会の承認を受けていないことは認める。原告が本件土地を正雄等から譲り受けたことは知らない、その余の事実は否認する。同(五)記載の事実のうち本件土地の登記簿上の地目が原告主張のとおりになつていること、本件土地が農地台帳に記載されていないこと、一筆調査がなされなかつたことは認めるが、本件土地の昭和一二年当時における所有関係、保谷町農地委員会が本件土地につき旧自創法第五条第一号に該当する土地として裁定したこと、同町農業委員会及び東京都農地課が原告主張のような証明書を原告に交付したことは知らない、本件土地が参加人及び被告等の買受当時農地であつたことは否認する。

(二)  参加人が本件土地を高橋等から買い受けた昭和二二年三月当時及び被告等が参加人からこれを買い受けた昭和二七年四月当時において本件土地は現況宅地若しくは山林であつて農地ではなかつた。

(1)  本件土地は山林として登記されている三筆を除きいずれも明治年間より宅地として登記されてきたものであり、現況も原告が使用を開始する以前は別表第一番号三の土地を含む附近土地上には高田文四郎の、同表番号一七の土地上には高田奥蔵の各家屋敷が存在して純然たる宅地であつたが、原告の使用後も本件土地を農地として肥培管理した事実はない。もつとも終戦後一時付属小学校の教職員が食糧自給の一助として野菜類を耕作していたことはあるが、かつて農地関係法規にいう農地となつたことはない。仮りに本件口頭弁論終結当時に農地の現況を呈しているとしても、それは本訴提起後に現況が変つたにすぎない。

(2)  本件土地は昭和二二年四月一五日に一せいに実施された同二〇年一一月二三日現在の農地の現況を調査するいわゆる一筆調査の対象とされていないので当時現況農地でなかつたことは明らかである。

(3)  仮りに原告主張のように原告が昭和二三年七月三日に本件土地を参加人から金二四〇、五九〇円で買い受けた事実があるとすれば、当時農地の価格は旧農地調整法第六条の二、第六条の四等によりその最高価格が制限されていたにもかかわらず右売買代金は最高価格を遥かに上廻つていたのみならず、宅地としての時価に相当するものであることからしても原告も自ら本件土地を宅地として取り扱つていたこと、ひいては本件土地が現況宅地であつたことを示している。

(4)  仮りに昭和二三年三月三一日に保谷町農地委員会が本件土地につき旧自創法第五条第一号に該当する土地として裁定したとしても、その裁定書に記載されている保谷町下保谷二一五番の一七畑一二六四坪なる土地は当時登記簿上に見当らず、したがつて目的物件を特定していないので右裁定は無効である。しかも原告がG・H・Qに対し右裁定をした土地を強制買上除外地として報告した報告書の中で右土地を現状宅地と記載している。

(5)  昭和二七年一二月二二日に被告吉野初儀が被告加藤源太郎より本件土地の一部を買い受けた当時本件土地は農地ではない旨の証明書を保谷町農地委員会から受けたのでその所有権移転登記には何ら支障がなかつた。

(6)  本件土地は学友会会長が正雄等から賃借していた土地の一部であつて、原告が所有者に無断で使用していたものであるが、同じく学友会会長が賃借した土地で本件土地に隣接し、現況は本件土地と全く同様な二筆の土地(北多摩郡保谷町大字下保谷字北新田二一〇番の一七宅地一九六坪、同所二一五番の一九宅地二三五坪)は参加人から訴外大山弘が買い受けたのを昭和二八年三月一一日に東京高等師範学校内初等教育研究会という団体が大山より買い受けて所有権移転登記を了している。しかして右団体の所有権取得は原告の指示にもとずいて行われたことは明らかであるのに、右売買について農地法第三条所定の許可又は承認を受けていないのは、原告が自ら本件土地と現況を全く同じくする右二筆の土地を農地としては取り扱つていなかつたこと、ひいては本件土地が現況農地ではなかつたことを明らかに示している。

(三)  仮りに参加人が正雄等から本件土地を買い受けた当時現況農地であつたとしても、原告は前記(二)(2) ないし(6) 記載のとおり従来本件土地を宅地として取り扱つてきたにもかかわらず原告と被告等との間に紛争が生ずるやにわかに態度を変えてこれを農地として主張するにいたつたものであつて、かような主張は信義誠実の原則及び禁反言の法理からして許されないものと解すべきである。また旧農地調整法第四条第一項の農地の権利移転制限に関する規定は専ら同法第一条の目的に則して解釈すべく、したがつてその適用されるものは正当に農地として取り扱われるものに限定すべきであつて、不法耕作者の利益までも保護するものではないと解すべきところ、本件土地は当初学友会会長が正雄等から賃借したものを原告が地主の承諾を受けることなく無断で使用耕作した結果農地となつたものであるから右規定の適用はない。

(四)  仮りに原告主張のように原告が昭和二九年三月二八日に正雄等から本件土地を無償で譲り受けたとしても、右譲渡契約の全部又は一部は次の理由によつて無効である。

(1)  被告等は本件土地が宅地であることについて何ら疑いを抱くことなく相当な対価を支払つてその所有権を取得したものであるが、原告は土地使用料を支払うこともなく、又本件紛争について道義的に解決しようという誠意もなく、かえつてその特権的立場を利用して農地法第三条の規定を悪用せんとし、被告等の所有権取得の事実を十分承知しながらことさら旧所有者の正雄等を洞喝して無償で二重譲渡を約さしめたものであり、原告にとつて客観的には自己に所有権を移転すべき特別の必要もないのであるから右譲渡契約は明らかに権利の濫用であつて無効である。

(2)  農地法第三条第一項は、国が農地の所有権を取得する場合には一般私人の場合と違つて都道府県知事の許可を要しないと規定しているが、これは国が農地法第一条の目的を実現するため又はさらに重大な公益上の必要のために行動するものであることを前提とするものである。しかるに前記譲渡契約は全く原告の私的利益の追求に外ならないので右規定の適用はなく、一般の場合と同じく知事の許可を受けなければ農地法第三条第四項によつて無効と解すべきであるところ、原告は右譲受について知事の許可を受けていないので右譲渡契約は無効である。

(3)  原告が高橋合名会社と無償譲渡契約を締結するについては合名会社の側は清算人正雄がこれに当つたものと思われるが同人による本件土地の無償譲渡の行為は会社の清算目的の範囲外であつて無効である。すなわち右会社は清算について任意清算手続の定めがないので法定清算手続によるべきであるが、一般に清算の目的は清算の本質、意義等に照らし会社の財産を整理した残余財産の社員又は株主への分配にあり、清算の範囲は右目的を達成するに必要な一切の行為、手続に限るものと解すべきところ、本件土地の譲渡は会社の全財産である土地を会社の債権者でもなく又直接の利害関係人でもない原告に、しかも無償で譲渡しようとするものであるから、その行為は清算の範囲を逸脱しているので高橋合名会社の清算行為としては無効である。

(4)  仮りに前記譲渡契約が原告主張のように高橋合名会社等から参加人へ、さらに原告への権利移転の中間省略手続の趣旨であるとしても、高橋合名会社等が参加人に対して本件土地を売り渡したのはあくまで宅地としてであつて、知事の許可を停止条件として農地として売り渡したのではないから、本件土地が農地であるかぎり農地法第三条の規定に反して無効であり、合名会社等に知事の許可を受けて参加人に所有権を移転する義務を生ぜしめたものではない。

(五)  仮りに被告等が本件土地の所有権を有効に取得しなかつたとしても、高橋等が参加人に対して登記抹消請求権を行使するためには少くとも参加人に対して同人より受領した売買代金返還義務の履行の提供がなされなければならないのに、かような履行の提供がない以上原告は本訴において適法に正雄等の代位権を行使することはできない。

三  被告加藤タカ、同加藤源太郎、同加藤誠吾、同井口ナツ子の代理人は、右被告等の主張として次のとおり附加して陳述した。

(一)  参加人と被告加藤タカ、同加藤源太郎、同井口ナツ子との間に有効に抵当権設定契約、賃貸借契約、代物弁済の予約が成立したことはその登記手続に必要な印鑑証明書、委任状等の書類が参加人から右被告等に適法に交付されていることにより明らかである。白紙委任状には通例にしたがい司法書士に必要事項を書き入れて貰つた。

(二)  参加人及び被告等が本件土地を買い受けた当時右土地が現況農地でなかつたことについて次のように敷延する。

(1)  別表第一番号一七の土地について。

右土地は明治年間より地目も実体も宅地であり、大正一〇年頃には高田奥蔵の屋敷があつて同人がこれに居住していたが、昭和一二年頃付属小学校学友会が当時の所有者文太郎から右土地を賃借し、同小学校は間もなく右地上に現存する校舎(建坪五二坪五合)を建築して教場として使用していた。その余の部分は一部に雑草、篠竹等が繁つており終始耕作されることなく放置されていたが、昭和二七、八年頃本件紛争が表面化するや同小学校はにわかに宅地の庭木を伐り、雑草、篠竹を刈るなど短時日のうちにこれを開墾して施肥もしないまま穀物や草花を植えて一部の現況を変更したものであり、被告加藤タカが昭和二七年に右土地を参加人より買い受けた当時はまだ完全に宅地の状況を保つていた。なお右土地の北部境界附近には杉、欅、東部中央には欅の大樹が繁り、西南部境界附近には竹、木、庭木が繁つて陽光を遮り、到底農耕に適する土地ではない。

(2)  別表第一番号三ないし五、八、一六の土地について。

右土地はもと高田文四郎の所有であつて、同人がその土地上に居宅、物置、肥溜等を建築設置して居住し、その余は農家の庭として使用していたが、その後前記学友会が当時の所有者文太郎よりこの土地を賃借し、現存の居宅、倉庫を建築したものであるが、肥溜はそのまま用い、その余の部分は一部に雑草、篠竹、庭木が繁つて開墾耕作されることもなく児童集合場、通路、庭等として使用されていた。しかして現在その一部にぶどう棚が設けられ、蔬菜類が栽培されているのはいずれも前記同様に被告加藤タカ、同加藤源太郎がこれを買い受けた後の昭和二八年頃から付属小学校がにわかに耕作を開始した結果である。

(3)  別表第一番号七、一八ないし二〇、二四の土地について。

別表番号一八ないし二〇の土地はいずれも従来から地目は山林であり、昭和一二年に前記学友会が賃借した当時その地上には栗梅が雑然と自然の状態のまま生立し、これに隣接する番号七、二四の土地も右山林と一体をなして略同様の状況であつたが、付属小学校はこれを自然の生育のままに放置し、その地上には雑草が一面に生い茂つていたし、番号一八の土地には一部に隣地の竹林が侵入して覆いかかつていたので到底農地といえる状況ではなかつた。しかして現在植栽されている果樹は前同様昭和二八年頃栽培が始められたものである。

(4)  別表第一番号一の土地について。

右土地はもと高橋金之助の屋敷の敷地であつて、昭和一二年頃前記学友会が賃借してから間もなくその地上に現存の建物(建坪七〇坪二合五勺)を建築したが、その余の部分は全く耕作することなく庭地として放置し、その後大きな変化もなく今日に至つているので宅地であることは明らかである。もつともその一部に草花が植えられているが、当初は極めて貧弱なもので宅地の花壇として装飾観賞の用に供せられたにすぎないし、その余は前同様昭和二八年頃栽培を始められたものである。

(5)  別表第一番号九ないし一五、二一ないし二三の土地について。

右土地はいずれも昭和二七年四月頃までは殆んど草茫々の荒地であつて、被告加藤源太郎等はその農地と目し得ない現況を確認した上でこれを買い受けたものである。

(6)  一般に農地関係法令にいう農地とは、耕作の目的に供される土地をいうが、それは耕作に必要な土地というのみでは足らず(旧自創法第一五条、農地法第一四条はいわゆる附帯農業用宅地が農地でないことを前提としている。)耕作の直接の対象となつている土地を意味するものと解すべく、またある土地が農地か否かは一筆毎に判断すべきであるが、本件土地上に存在する教室、管理人宿舎、農具舎等の施設の敷地は直接耕作の目的に供する土地とは言えないし、又耕作に必要不可欠な土地とも認められない。若し農耕に必要な従属地は直接に耕作の対象となつていなくとも一括して農地となると解すれば、農地の既念が著しく拡張される結果場合によつて農民の居住家屋の敷地まですべて農地とされて農地法によりその権利の設定、移転を制限されることとなり個人の財産の自由な処分が著しく阻害される。

(三)  仮りに本件土地の一部が農地であるとしても、正雄等が本件土地が農地であるために自己の所有権が留保されていることを認めて新たに原告に対し譲渡の意思表示をするについては本件土地が果して現況農地であるかどうかを確認した上でこれをするのが当然であるのにこれをしていないのは正雄等に譲渡の意思がなかつたことを示しているし、また高橋幸子(高橋久美子、同玲子、同陽子等三名の親権者及び自己のいずれの資格においても)及び高橋美津子についてはいずれも原告の主張するような本件土地譲渡の意思表示はなかつた。もつとも無償譲渡契約書には同人等の押印があるけれども、これは正雄が同人等不知の間に同人等の印鑑を冒捺したものである。

(四)  仮りに原告主張のように原告が昭和二九年三月二八日に正雄等から本件土地を無償で譲り受けたとしても、右譲渡契約の全部又は一部はさらに次の理由によつて無効であり、無効でないとしても取り消された。

(1)  正雄及び高橋合名会社(清算人正雄)の無償譲渡の意思表示は次のような要素の錯誤があつて無効である。

(イ) 正雄は譲渡契約に際し、本件土地はすでに高橋合名会社の代表社員であつた文太郎によつて他に売却されており、右会社や自己には所有権が存しないものと考えていたので、教育大学の関係者から文太郎の土地譲渡行為に手続上の不備があるのでこれを補完して貰いたいと言われるやこれを誤信して譲渡契約書に捺印したものであるが、右譲渡契約書には新たに所有権を移転する旨が記載されている。しかしながら若し譲渡契約の内容が新たに所有権を移転する趣旨であるならば正雄としては譲渡の意思表示をしなかつたことは明らかであり、結局において右意思表示の内容又は表示された動機に要素の錯誤がある。

(ロ) 正雄は譲渡契約に際して原告以外に参加人から本件土地を譲り受けた者があり、その旨の登記がされていることは全く知らなかつたのであるが、真実は被告加藤タカ等が参加人から本件土地を譲り受けていたのであつて、若し正雄が右の事実を知つていたならば敢て権利関係の明確でない本件土地を原告に譲り渡すことによつて自ら紛争の因を作ることは考えられないので、結局正雄の譲渡の意思表示には要素の錯誤があつたものというべきである。

(ハ) 原告は本件土地を正雄から譲り受けるに際し、同人に対し如何なる迷惑をかけないと申し向けて同人をその旨誤信させたが、事実は新たに重大な紛争を惹き起して本訴に至つたものであつて、正雄の原告に対する譲渡の意思表示は右誤信にもとずくものであるからこの点でも要素に錯誤がある。

(2)  仮りに高橋合名会社及び正雄の無償譲渡の意思表示に要素の錯誤がないとしても、右意思表示は原告の欺罔にもとずくものであるから正雄は昭和三一年一〇月三〇日、原告に対してその取消の意思表示をした。すなわち原告の代理人又は使者である教育大学関係者は本件土地を正雄等から譲り受けた後直ちに被告等に対する登記抹消の訴を提起すべく準備していたにもかかわらず、正雄に対しては文太郎のした過去の譲渡行為に手続上の不備があるのでその補正をするものであつて、正雄等には何ら迷惑をかけないなどと虚偽の事実を申し向け、さらに本件土地について被告等が参加人より所有権を取得した旨の登記がなされており、しかも被告等がその所有権を主張しているのにかような重要な事実をことさらに黙秘して正雄を誤信させた結果本件土地を無償で譲渡する旨の意思表示をなさしめたものであつて、これは原告の欺罔行為に因るものに外ならない。

(3)  仮りに本件土地が農地であるため正雄等と参加人間の売買契約が無効であるとすれば、原告と参加人との間の売買契約も無効となるわけであるが、正雄等と参加人間の売買契約のかしを補正する趣旨でその売買代金をそのまま利用して原告が正雄等から直接に本件土地を譲り受けることは実質的には本来無効たるべき正雄等と参加人、参加人と原告間の各売買契約を生かすことであり、結局強行法規である農地法第三条の規定の脱法行為に外ならないから無効である。

(4)  原告と正雄等との無償譲渡契約は次のような事情を綜合すれば公序良俗に違反して無効であることが明らかである。

(イ) 仮りに右契約が農地法第三条の脱法行為でないとしても、前記(3) 記載のような事情がある以上農地に関する権利の移転を制限する同条の趣旨を潜脱するものであつて少くとも脱法的な行為である。

(ロ) 原告は公益の目的を離れて全く私的利益の追求のために被告等の各登記を抹消せしめることを目的として正雄から本件土地を譲り受けたものであつて、結局農地法における国の特権を悪用したものである。

(ハ) 原告の代理人又は使者である教育大学の関係者は、正雄に対し、以前の文太郎の譲渡行為の手続上の不備を是正するにすぎず、何ら迷惑をかけないなどと甘言を申し向けて同人をその旨誤信させた上譲渡を約さしめた。正雄が昭和三一年一〇月二〇日に譲渡の権限及び意思がなかつたことを理由としてその意思表示を取り消す旨原告に通知したのは右のことを裏書している。

(ニ) 原告は、世情に暗い上に気が弱い正雄の性格に乗じ、その特権を笠にきてもともと学校教育のために土地を寄贈するなどという意思も資力もない正雄に本件土地を原告に無償で譲り渡すことを約さしめたものである。

四、原告代理人は、被告等の主張に対して次のとおり陳述した。

(一)  原告が昭和一二年に当時の所有者正雄等から本件土地を賃借するに際しては学友会名義で契約を結んだが、同会は付属小学校の組織体の一部であつて、教職員と児童が一体となつて自主的、民主的に学習を計画実施することを目的とする一部門であり、現今のPTAや同窓会とはその本質を異にしている。

(二)  高橋合名会社は原告との譲渡契約には清算人正雄があたつたことは認める。しかし右譲渡行為は清算事務に属するものであるから何ら違法ではない。けだし高橋合名会社は昭和二二年二月二〇日本件土地のうちその所有部分を参加人に対して金一七〇、〇〇〇円で原告の賃借権を承継することを条件として売り渡し、右代金を受領したので、東京都知事の許可を得て参加人に有効に本件土地の所有権を取得させる義務を負つていたのであるから、昭和二九年三月二八日に高橋合名会社があらためて原告に無償で右土地を譲渡したのは東京都知事の許可を受ける清算事務の履行を便宜上容易ならしめただけのことだからである。仮りに清算事務でないとしても、少くとも清算事務に附随する事務であるから清算の範囲を逸脱するものではない。

(三)  正雄が昭和三一年一〇月二八日付内容証明郵便で原告に対する無償譲渡の意思表示を取り消す旨の通知を原告に対してしたことは認める。しかし原告に対する右意思表示は何らかしがないので右取消の意思表示は無効である。

第三証拠関係

一  原告代理人は、証拠として甲第一号証の一、二、第二号証、第三号証の一、二、第四号証、第五号証の一、二、第六号証の一ないし四、第七ないし第一二号証、第一三号証の一ないし二四、第一四、第一五号証、第一六号証の一ないし一九、第一七号証の一ないし一二、第一八号証の一ないし六、第一九ないし第二三号証の各一、二、第二四、第二五号証、第二六号証の一、二、第二七号証の一ないし一一、第二八、第二九号証の各一ないし三、第三〇ないし第三二号証の各一ないし四、第三三ないし第三五号証の各一、二、第三六号証を提出し、証人荻須正義、同高橋正雄、同都築定治、同横木清太郎、同神田文治郎、同赤松弥男の各証言及び検証の結果を援用し、乙号各証及び丙第一号証の成立を認め、乙第二号証の一、第四号証、第五号証の一を利益に援用し、甲第三〇ないし第三五号証の各二は都築定治の印影のみは同人の意思にもとずいて成立したものであるが、その余の部分は同人の意思にもとずかずに作成されたものであると述べた。

二(一)  被告加藤タカ、同加藤源太郎、同加藤誠吾、同井口ナツ子四名の代理人は、証拠として乙第一号証の一ないし一三、第二、第三号証の各一、二、第四号証、第五号証の一ないし三、第六号証の一、二、第七ないし第一五号証、第一六号証の一、二を提出し、証人柴沼直、同高橋正雄、同高橋幸子、同高橋美津子、同青木吾作、同加藤源蔵、同武井京の各証言を援用し、甲第一号証の一、二、第二号証、第四号証、第六号証の一ないし四、第七、第八号証、第一一、第一二号証、第一四号証、第一七号証の一ないし一二、第一八号証の一ないし六の各成立は不知、甲第五号証の一、二のうち作成者の署名捺印部分の成立は認めるがその余の部分の成立は不知、その余の甲号各証の成立は認めると述べ、甲第三〇ないし第三二号証の各一ないし四、第三三ないし第三五号証の各一、二を利益に援用し、甲第三〇ないし第三五号証の各二はいずれも都築定治の意思にもとずいて真正に成立したものであると述べた。

(二)  被告佐藤清一代理人は、証拠として丙第一号証を提出し、甲号証の成立について被告加藤タカ外三名の代理人と同様に認否した。

(三)  被告吉野初儀代理人は、甲第二五号証、第二六号証の一、二、第二七号証の一ないし一一、第二八号証の一ないし三の成立を認めた外甲号各証の成立の認否をしない。

理由

一  被告加藤タカ、同加藤源太郎、同井口ナツ子、同吉野初儀に対する請求について。

(一)  昭和二二年三月当時別表第一番号六、七の土地は正雄の所有、同一七の土地は文太郎の所有、右以外の土地は高橋合名会社の所有であつたこと、参加人はその頃本件土地を正雄等から買い受けて別表第二記載のような売買を原因とする所有権取得登記を了したことは当事者間に争がなく、証人都築定治、同横木清太郎の証言と成立に争のない甲第一九号証の二、同号証によつて成立を認められる甲第六号証の一ないし四によると、昭和二三年七月三日、原告(東京高等師範学校付属小学校)は本件土地を含む合計三四三七坪の土地を参加人から代金二四〇、五九〇円で買い受けたことを認めることができる。

(二)  ところで本件においては後記のとおり本件土地が農地であるかどうかにつき当事者間に争があるが、これについての当裁判所の見解は後に示すとおりであり、当事者双方もまだこの段階ではこれをもつて各所有権取得の有無を争うわけではないから、ここではその論理上当然の先決関係であるにかかわらず、この問題にはふれない。従つて本件土地の所有権は正雄らから参加人に、参加人から原告に順次移転し、原告はこれによつてその所有権を取得したものというべきである。従つてまた原告は参加人に対し本件土地につき所有権移転登記請求権があるものというべきこと明らかである。

(三)  次に本件土地について右被告らのため、別表第一記載の登記がなされていることは当事者間に争がない。そこで右登記(但し別表第一番号二一の土地の登記を除く。以下同じ。)がいずれもその実体を備えたものであるかどうかについて判断する。証人都築定治、同加藤源蔵(但し後記措信しない部分を除く。)の各証言と成立に争のない甲第二〇号証の一、二、第二九号証の一、二、三、第三〇ないし第三二号証の各一、三、四、第三三ないし第三五号証の各一と印影部分は成立に争がなくその余の部分は後述のように加藤源蔵が司法書士をして記入せしめたものと認められる甲第三〇ないし第三五号証の各二を綜合すると次の事実が認められる。すなわち参加人は昭和二五年頃加藤源蔵に対しすでに弁済期に達している農作物買受代金、借受金等合計約金四〇〇、〇〇〇円余の債務を負担していたところ、源蔵より前記認定のとおり昭和二三年七月に原告に売り渡したまま手続上の都合で所有権移転登記手続が未了であつた本件土地を担保として提供することを要求されたが、参加人は本件土地はすでに原告に売渡済であることを理由にこれを拒絶した。しかし源蔵は少くとも本件土地の権利証等を債務の弁済に至るまで預けるべきことを強硬に求めたので、参加人は抵当権設定登記等担保権設定の登記をするためでなく単にこれを債務弁済に至るまで源蔵の手元に留めておくにすぎないことを確かめた上で右権利証や印鑑証明書等を源蔵に交付し、その後も源蔵の要求のままに何度か印鑑証明書等をさしかえたりしていたが、源蔵は以前参加人に金員を貸与した際に同人から金銭消費貸借契約の公正証書作成用として交付を受けていた白紙委任状(参加人の印影のみが押捺されているもの。)の余白に情を知らない司法書士をして参加人に無断で参加人が右司法書士に後記のとおりの各登記手続を委任したように所要事項を記入せしめた上(甲第三〇ないし第三三号証の各二)、昭和二六年一月一九日、前記権利証、印鑑証明書とともに東京法務局田無出張所に提出せしめて被告加藤タカ、同加藤源太郎、同井口ナツ子名義の各抵当権設定登記、賃借権設定請求権保全の仮登記、停止条件付代物弁済による所有権移転登記請求権保全の仮登記(別表第一記載の各登記はその一部)をなし、さらに別表第一番号一ないし一六の土地について昭和二七年四月八日、同表番号一七ないし二〇、二二ないし二四の土地について昭和二七年四月二一日、前同様の方法でそれぞれ右仮登記にもとずいて代物弁済を原因とする所有権取得の本登記をした。証人加藤源蔵の証言のうち右認定に反する部分は直ちに措信し難いし、その他に右認定を左右するに足る証拠は存在しない。しかして右認定事実によれば、本件土地につき被告加藤タカ外二名の名義によつてなされている別表第一記載の各抵当権設定登記、賃借権設定請求権保全の仮登記、所有権移転請求権保全の仮登記、右仮登記にもとずく所有権取得の本登記(昭和二七年四月八日又は同月二一日受付のもの)はいずれも参加人の意思にもとずかないで、源蔵が前記書類を利用して強引にしたものと認めるべきものである。参加人が担保権設定の意思もなかつたのに源蔵に本件土地の権利証等を交付したことはいかに強硬に要求されたとはいえ軽卒のそしりを免れないけれども、本件土地は参加人が正雄らから買い受ける以前から原告が賃借していたものであり、しかも参加人からこれを原告に売渡し代金も一部受領してあつて、その買主も通常のそれではなく、国家であるということを考えれば、当時参加人が一方において源蔵に対しては直ちにその債務の弁済ができないのでその強い要求を拒むことができず、さりとて国に対する背信的行為もできず、困りぬいた末その立場上、たんに書類を預かるだけで登記等はしないといわれてそのままこれを信じたということは十分あり得ることで、右書類の交付によつて当然担保の設定その他の事項を承諾したとみるのは当らないのである。結局右各登記はいずれもその実体を伴わない無効の登記というべきである。また別表第一番号一七ないし二〇の土地に関する被告加藤源太郎名義の所有権取得登記(昭和二八年二月五日受付)及び同表番号二、六、九ないし一三、二二ないし二四の土地に関する被告吉野初儀名義の所有権取得登記(昭和二七年一二月二二日又は同二八年五月二九日受付のもの)はいずれも被告加藤タカ外二名が右各土地の所有権を参加人から有効に取得したことを前提とするものであるから、前記認定のとおり右被告等がこれを有効に取得しなかつた以上これ亦実体の裏付けのない無効な登記といわなければならない。よつて被告加藤タカ、同加藤源太郎、同井口ナツ子、同吉野初儀は参加人に対し右各登記の抹消手続をすべき義務がある。

(四)  以上のとおりであるから、原告は参加人に代位して本件土地(別表第一番号二一の土地を除く。)につき別表第一記載の各登記の抹消手続を求めることができるものというべく、右被告等に対する本訴請求は結局において理由があるからこれを認容すべきである。

二  被告加藤誠吾、同佐藤清一に対する請求について。

(一)  昭和二二年三月当時別表第一番号二一の土地(以下本件二一の土地という。)が高橋合名会社の所有であつたこと、その頃参加人が右土地を右会社から買い受けたことは当事者間に争がない。しかして原告の被告加藤誠吾、同佐藤清一に対する本訴請求は、参加人と高橋合名会社との間の右売買契約が旧農地調整法第四条第一項にもとずく都道府県知事の許可又は市町村農地委員会の承認を受けていないため無効であることを前提とするものであるから、まず右契約の効力について判断する。

(二)  証人荻須正義、同高橋正雄、同青木吾作、同横木清太郎、同神田文次郎、同赤松弥男、同武井京、成立に争のない甲第一五号証、第一六号証の一ないし一九、第二二、第二三号証の各二、証人赤松弥男の証言により成立を認め得る甲第一七号証の一と検証の結果を綜合すると、本件土地は従前地目上も現況も宅地又は山林となつていたが、昭和一二年頃原告(付属小学校)はこれを田園教場とするため当時の所有者高橋合名会社等から付属小学校学友会名義で一括して賃借し、児童の自然教育に必要な施設として教室、農具舎、管理人宿舎等を築造した上児童の田園教場として果樹、作物の肥培管理をしてきたこと、そしてとくに今問題の本件二一の土地は付属小学校が賃借して以来同校の児童が農園管理者、農園担当教官の管理と指導のもとに穀物、蔬菜等を栽培(但し農園管理人が補助)していたが、昭和二〇年頃は児童の集団疎開のため、一時農園の管理人が児童に代つて耕作し、昭和二〇年一一月頃児童の帰京後暫くして児童自身による栽培が再開されて今日に至つていること、そして本件土地上にある建物その他の工作物や樹林の敷地はもとより、現に空地となつている土地も、直接耕作の目的には供せられないけれども、その全体としての田園教場を組成する不可分のものであり、これを要するに本件土地はその全体における用法として原告(付属小学校)の教育上の施設としての田園教場に供せられているものであることを認めることができる。

よつて進んで本件土地が旧農地調整法上いわゆる農地にあたるかどうかについて検討する。旧農地調整法第二条第一項は同法にいう農地につき「耕作ノ目的ニ供セラルル土地ヲ謂フ」と定義しているが、ここにいう「耕作ノ目的ニ供セラルル土地」とはその用法において現に客観的に植物の肥培管理に供せられる土地をいうものと解すべきであり、本件二一の土地は前記認定のとおり昭和一二年頃から終始穀類、蔬菜等の「耕作」が行われていたのであるからもとより、これをふくむ本件土地の全体も一団として田園教場たる農園を組成するものとして事を形式的平面的に観察するかぎり、右にいう如き意味において耕作の目的に供せられているものの如く見える。しかして同法第四条第一項は農地の所有権の移転については都道府県知事の許可又は市町村農地委員会の承認(以下許可又は承認という。)を受けなければならないと規定し、同条第五項はさらに許可又は承認を受けない行為は効力を生じない旨規定しているので、許可又は承認を受けていない参加人と高橋合名会社との間の前記売買契約(右売買契約について許可又は承認を受けていないことは当事者間に争がない。)は右規定によつて無効と解すべきもののように見える。しかしはたしてそうであろうか。そもそも旧農地調整法第四条第一項が農地の所有権、賃借権、地上権その他の権利の設定又は移転につき許可又は承認を受けなければならないとしている趣旨が何であるかはもつぱら同法の目的に照らして考察しなければならない。同法第一条は本法は耕作者の地位の安定と農業生産力の維持増進をはかるために農地関係等の調整をはかることを目的とすると宣明している。故に農地に関する権利の設定又は移転につき許可又は承認を要するとしているのは一般にそれが耕作者の地位の安定を害し、あるいは農業生産力の維持増進を妨げるおそれがあるので、特定の場合に現実にそのようなおそれがあるかどうかの点につき都道府県知事又は市町村農地委員会の審査を受けさせることによつてこれを抑制しようとするものであると解することができる。従つてある土地が農地なりや否やを決定することはそれ自体として意味があるわけではなく、特定の場合それを農地とすることによつていかなる法的統制を期せんとするかをはなれて論ずるのは無意味であり、本件に即していえば本件土地の移動を農地行政当局の統制に服せしめることが耕作者の地位の安定ないし農業生産力の維持増進に関係ありや否の観点から考えなければならないのである。同法第五条は同法第四条第一項の適用が特に除外される場合について定めている(同条第四号の委任にもとずく農地調整法施行令第三条の定めを含む。)が、これはいずれも農地に関する権利の設定又は移転によつても同法の目的が阻害せられるおそれがないことが明白な場合又は同法の目的を阻害するおそれがあつてもこれをやむを得ないとするより高度の公益上の必要がある場合を例示したものと解せられるが、右規定に明示されていない場合であつても、一般的に当該土地に関する権利の設定又は移転によつて同法の前記目的を害するおそれがないかどうかの問題を生ずる余地のないような土地については、たとえいちおう言葉の意味においては耕作の目的に供せられているとしても同法第四条第一項の適用に関するかぎりは農地ではないものとしなければならないのである。いわゆる家庭菜園の如きが右統制の外におかれるものと考えられるのはもつぱらこれがためである。本件二一の土地を含む本件土地は原告(付属小学校)が昭和一二年以来他の土地とともに田園教場として使用してきたものであることは前記認定のとおりであるが、証人横木清太郎、同赤松弥男の各証言によると、原告が本件土地を田園教場として使用しているのはもつぱら児童教育上の見地から教官の指導のもとに児童自身に草花、穀物、蔬菜、果樹等の植付、除草、施肥、害虫駆除、収穫等の作業をさせることによつて植物の成長を実地に観察し、自然に親しむ機会を与えるとともに、机上では得られない理科の学習の実を上げることを目的としていることが認められる。かような目的のもとに田園教場として使用されている土地について、その所有権が移転されても一般的にいつて旧農地調整法第一条に定める耕作者の地位の安定及び農業生産力の維持増進を阻害するおそれがあるかどうかのような問題を生ずる余地があるものと解することはできない。旧農地調整法がその地位の安定をはからんとした耕作者とは農作物の収獲を目的として土地を耕作している者を指すものと解すべきであるし、農業生産力の維持増進という点も同様である。これを同法と相関連して国の農地政策を規定した旧自創法によれば、同法の目的は耕作者の地位を安定し、その労働の成果を公正に享受させるため自作農を急速且つ広汎に創設し、又土地の農業上の利用を増進し、もつて農業生産力の発展と農村における民主的傾向の促進を図るにあるのであり、さらに右二法を実質的に統一改訂した農地法によればその目的は、農地は耕作者自らが所有することを最も適当であると認めて耕作者の農地の取得を促進し、その権利を保護し、その他土地の農業上の利用関係を調整し、もつて耕作者の地位の安定と農業生産力の増進とを図るにあるとされているのである。これらの立法目的にてらして考えるならば、本件土地においても穀物、蔬菜等の肥培管理がなされ、またその収獲があるとしても事はもつぱら教育上の用法にあり、これら農地諸法の関するところではないことは明らかである。本件土地の如きその田園教場としての価値高くその利用関係が法律上保護尊重されなければならないことは十分これを首肯し得るところであるが、それとこれとは別でありその利用関係の確保を旧農地調整法ないし農地法によつてはからんとするのは失当である。

これを要するに本件土地は旧農地調整法第四条第一項の適用に関するかぎりは農地ではないと認めるのが相当であり、したがつて参加人と高橋合名会社との間の本件土地に関する売買契約が法定の許可又は承認を欠いているために無効であることを前提とする原告の被告加藤誠吾、同佐藤清一に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないことが明らかであるから棄却を免れない。

三  以上のとおりであるから訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、第九四条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武 菅野啓蔵 小中信幸)

別表第一、別表第二〈省略〉

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